ハティ Full Scracth '02年 7月2日


 気が付いたら半年もアップしてないでやんの。 ていうかなぁ...。 原型って最初の1ヶ月くらいは目に見えて進んでいくんだけど、ある程度かたちが出来てしまったらあとは磨いていくだけなんだよね。 だからアップするような進展がなかったんですな。

 というわけで出来ました。 う〜ん。 本当にコレで良かったのかという疑問がつきまとうなぁ...。 ポーズとか、結構頑張ったんだけど、半年も同じ物見ていると一体何だったのかよく分からなくなってきたり。 自分が何をやりたかったのか忘れてしまうんですよ。

 どうだろう、これ、イケてる?

 やっぱ顔の形状で苦労しました...。 立体として成立しているようでしてないこのデザイン。 やっぱムズぅ...。 最後の最後までいろいろいじってましたが、こうしてみると最初の方が良かったかもなぁと思うことも。


 思うんだけど、全身を作り起こした時点で9割くらいは終わりなんだよね。 でも時間的にはここで1割くらいでしかない。 つまり、1割の完成度のために9割の時間を割くわけです。

 もっと言うと、芯を作り始めた時点で6割以上は終わっていると思います。 キャラとポーズを決めた時点でそのフィギュアの魅力はほとんど決まった様な物だと私は思います。

フィギュア製作での重要度は

 ポーズ:6割
 デッサン:3割
 表面処理:1割

だと思います。

 これは表面処理の手を抜いても良いというわけではないです。 ポーズやデッサンが今ひとつの物をいくら磨いたって1割しか変わらないって事です。 よく自分の作品の悪さを「時間がかけられなかったから」と言って逃げる人が多いけど、こんなの大嘘だと思う。 時間をかけて良くなるのは表面処理だけだものね。

 同じように、ポーズが今ひとつなのに、デッサンを完璧にしてもそれは「良くできた人形」にしかならないのですよ。 フィギュアが人形と決定的に違うのは「ポーズが固定」って事です。 それはすなわちポーズという物がフィギュアが人形以上でいられる要素であるということです。

 デッサンは技術、表面処理は作業、ポーズはセンスです。 そしてセンス=感覚という物は書き留めておくことがきわめて困難な物でして、何を作りたいかということを自分の中で維持することはとても難しいのです。 フィギュアの芯が出来た時点では、まだそれが「自分の作りたい物」に近いかという観点でそれを見られます。 それにあわせてポーズの調整なども出来るでしょう。 しかし、全身が出来てしまうとデッサンの乱ればかりが目について、その修正ばかりに気を取られてしまいます。 そしてそれをやっているうちに自分の作りたかった物をどんどん忘れていってしまい...表面処理に入って、さらに時間をかければかけるほどますます忘れていきます。 だから、ポーズ決め〜芯出しの時点での検討をしっかりやっておかないと、完成したときそれが何だったのか自分でもよく分からないものになってしまうんです。

 だから、原型製作をしたいと思っている人には、ポーズを決めるところに十分な検討時間を割いて欲しいと思います。 初心者さんなんかは何にも考えずにいきなり手を動かし始めるけど、それじゃダメ。 イメージイラストなんかを見てその通りに作るのもあまり良くはないです。 あくまでそのスケールで立体、すなわち「置物」となった時にどう見えるかっていうのを考えないと作品は根本的に良くはならないと思うわけですよ...。 でも、この立体化したときにどう見えるかっていう考察は、やっぱ才能と経験のような気がするわけで...。

 才能と経験という言い方はなんかひっかかるかも知れませんが、才能のある人は経験が無くても良い物が作れて、才能のない人は経験を積めば良い物が作れるという意味ですからね。 とはいえ、才能って言葉を持ち出すのは、なんか敷居の高さを主張しているようでなんかイヤですなぁ...。 私も結果を出せてないから。


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